全日本吹奏楽コンクールの第1回大会は、いつ、どこで開催されたのでしょうか。
現在の全国大会とは異なり、1940年の第1回大会では、街中での行進演奏とホールでのステージ演奏の両方が審査されました。
全日本吹奏楽連盟の公式沿革をもとに、第1回大会の開催背景、会場、演奏内容、課題曲、現在のコンクールとの違いをたどります。
第1回全日本吹奏楽コンクールとは?
第1回大会は1940年11月23日、大阪で開催されました。
「紀元二千六百年奉祝」の行事として行われ、大阪市内での行進演奏と大阪朝日会館でのステージ演奏が審査されました。
現在のようなホールでの演奏を中心とする大会とは、開催形式が大きく異なっていました。
第1回大会は1940年11月23日に大阪で開催
全日本吹奏楽連盟の公式沿革によると、第1回全日本吹奏楽コンクールが開催されたのは1940年(昭和15年)11月23日です。
第1回全日本吹奏楽コンクール
| 項目 | 第1回大会 |
|---|---|
| 開催日 | 1940年11月23日 |
| 開催地 | 大阪市 |
| ステージ演奏 | 大阪朝日会館 |
| 行進演奏 | 淀屋橋・御堂筋など大阪市内 |
| 開催背景 | 紀元二千六百年奉祝 |
| 審査 | 行進演奏とステージ演奏の両方 |
当時の大会は、今日のように一つのホールで課題曲と自由曲を演奏するだけの催しではありませんでした。
第1回大会が開催された背景
1940年は、当時の日本で「紀元二千六百年」を祝うさまざまな行事が催された年でした。第1回大会も、その奉祝行事の一つとして開催されました。
「紀元二千六百年」とは?
初代天皇とされる神武天皇の即位を起点とする紀年法に基づき、1940年を2600年にあたる年として記念したものです。
この紀年は伝承に基づくもので、神武天皇の即位年が歴史学的に実証されているという意味ではありません。
大日本吹奏楽連盟の結成
第1回大会の前年、1939年11月11日に、大日本吹奏楽連盟が東京の日比谷松本楼で結成されました。
連盟の公式沿革には、関東・関西・東海の代表者が出席し、規約の審議や結成式が行われたことが記録されています。
名古屋市で大日本吹奏楽連盟結成促進決議式が行われる。
東京・日比谷松本楼で結成式を開催。
大阪で行進演奏とステージ演奏による大会を開催。
第1回大会では何を演奏した?
第1回大会の大きな特徴は、行進演奏とステージ演奏を組み合わせていたことです。
行進演奏
大阪市内を行進しながら演奏
御堂筋などの道路を行進。沿道には審査員席も設けられました。
ステージ演奏
大阪朝日会館での演奏
屋内の公演場で演奏を行い、行進演奏とともに審査の対象となりました。
全日本吹奏楽連盟の公式沿革では、行進演奏とステージ演奏の両方で審査が行われたことが明記されています。
行進演奏はどこを通った?
公式沿革には、淀屋橋から御堂筋を南下し、本町4丁目、道頓堀、千日前へ向かう行進経路が記録されています。
全日本吹奏楽連盟の公式沿革に記録された経路を簡略化したものです。現代の道路・地点表示による正確な移動経路図ではありません。
ガスビル前に審査員席が設けられた
公式沿革によれば、御堂筋のガスビル前には査閲台と審査員席が設置されていました。
この記録からも、屋外の行進演奏が単なる移動や行事の演出ではなく、大会の審査対象であったことがわかります。
1940年の課題曲は何だった?
第1回大会の課題曲として、吹奏楽部には行進曲《大日本》、喇叭鼓楽部には意想曲《野営の篝火》が記録されています。
作曲:斉藤丑松(海軍軍楽隊名義で記載する資料もあります)
作曲:大沼哲
1940年度課題曲については、Musicabellaの課題曲一覧と楽譜の復刻情報を参照。軍楽隊名義・作曲者個人名義など、資料によってクレジットが異なる場合があります。
現在の課題曲制度とは異なり、当時は部門ごとに指定された作品がありました。
現在と同じ課題曲制度ではない
2026年度の全国大会では、連盟が指定した4作品から1曲を選んで演奏します。一方、1940年には現在とは異なる部門と課題曲の指定が行われていました。
現在の制度をそのまま1940年の大会に当てはめることはできません。
第1回大会の表彰は現在と同じ?
第1回大会の表彰制度も、現在の全日本吹奏楽コンクールとは異なっていました。
当時は順位に応じた表彰が行われ、学生・学校関係の部門では文部大臣賞、青年関係の部門では厚生大臣賞などが授与されたとする記録があります。
第1回大会
1等・2等・3等など、順位に基づく表彰が行われた時代。
現在の全国大会
金賞・銀賞・銅賞によるグループ表彰を採用。
現在の金賞・銀賞・銅賞制度が第1回大会から続いているわけではありません。
ただし、1940年当時の表彰の詳細は今回参照した連盟公式沿革には記載がないため、部門別の賞名や受賞団体の完全な一覧については別途史料による確認が必要です。
現在の全日本吹奏楽コンクールとの違い
第1回大会と2026年度の全国大会を比較すると、開催形式や表彰制度などに違いがあります。
| 項目 | 1940年 | 2026年 |
|---|---|---|
| 演奏形式 | 行進演奏・ステージ演奏 | ホールでのステージ演奏 |
| 審査 | 行進とステージの両方 | 課題曲・自由曲を評価 |
| 課題曲 | 当時の部門ごとの指定作品 | 4作品から1曲を選択 |
| 表彰 | 順位による表彰 | 金賞・銀賞・銅賞 |
| 開催背景 | 紀元二千六百年奉祝 | 現行の大会実施規定に基づく開催 |
第1回大会のあと、コンクールはどうなった?
1940年に始まった全国大会は、1941年に第2回、1942年に第3回が開催されました。
その後、戦争の影響によって大会は中断し、戦後の1956年に第4回大会として再開されます。
大阪で開催。行進演奏とステージ演奏を審査。
戦前の大会が継続。
戦前最後の全国大会。
戦争と戦後の時期を通じて全国大会が開催されなかった期間。
現在へ続く全国大会の歴史が再び動き出す。
戦時中断の経緯と再開までの歴史については、関連記事で詳しく紹介します。
第1回大会の記録はどこで調べられる?
第1回大会の基本情報は、全日本吹奏楽連盟の公式沿革で確認できます。
当日の行進経路、ステージ演奏会場、開催背景などが記載されており、1940年の大会の姿を知るための重要な資料です。
課題曲については、当時の作品名・作曲者をまとめた資料や復刻楽譜の情報も残されています。
記録の確認範囲について
この記事では、連盟公式沿革で確認できる基本事項を中心に掲載しています。
当日の参加団体総数、審査員全員の氏名、部門別の全成績などについては、今回参照した公式沿革だけでは確認できないため、断定していません。
出典・参考資料
全日本吹奏楽連盟の公式沿革を主な根拠とし、課題曲と当時の表彰制度については補助資料も参照しました。
- 全日本吹奏楽連盟「連盟の概要・沿革」
- Musicabella「全日本吹奏楽コンクール課題曲」
- 吹奏楽 楽譜 データベース「全日本吹奏楽コンクール課題曲復刻状況」
- 全日本吹奏楽連盟「2026年度 全日本吹奏楽コンクール実施規定・審査内規」
資料確認:2026年10月29日