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吹奏楽コンクールの戦時中断と戦後再開|1943年から1956年まで

吹奏楽コンクール資料室 情報確認:2026年10月29日

全日本吹奏楽コンクールは、1942年の第3回大会を最後に長い中断期間へ入りました。

1943年には第二次世界大戦のため第4回大会が中止され、その後、全国大会が再び開催されたのは1956年です。

全日本吹奏楽連盟の公式沿革をもとに、戦時中断から連盟の再建、戦後最初の全国大会までの流れをたどります。

吹奏楽コンクールはいつ中断し、いつ再開した?

全日本吹奏楽コンクールは1943年に第二次世界大戦のため中断し、1956年12月9日に第4回大会として再開しました。

1943年から1955年までの13年間は全国大会が開催されず、1956年大会は全日本吹奏楽連盟の公式沿革で「戦後第1回」と記録されています。

目次

中断前最後の大会は1942年の第3回

戦時中断前の最後の全日本吹奏楽コンクールは、1942年11月23日に福岡県の福岡中学校で開催された第3回大会です。

FROM WAR-TIME INTERRUPTION TO RESTART
1943 → 1956
第4回大会中止から戦後第1回大会まで
項目 内容
戦前最後の大会 1942年11月23日・第3回全日本吹奏楽コンクール
開催地 福岡県・福岡中学校
第4回大会の中止 1943年
戦後の再開 1956年12月9日
大会がなかった期間 1943〜1955年の13年間

全日本吹奏楽連盟の公式沿革によると、第3回大会は関門トンネル開通記念として開催され、北海道吹奏楽連盟と全東北吹奏楽連盟も初めて参加しました。

また、第3回大会では「特選団体制度」が設けられ、2年連続で優勝した団体を翌年の大会へ招待演奏として出演させる制度も導入されています。

1943年、第4回全日本吹奏楽コンクールが中止

1943年にも、吹奏楽関係の行事そのものがすべてなくなったわけではありません。

同年4月29日には東京の日比谷大音楽堂で「天長節奉祝大演奏会」が開かれ、合同演奏会や行進が行われたことが公式沿革に記録されています。

一方、同年に予定されていた第4回全日本吹奏楽コンクールは、第二次世界大戦のため中止となりました。

公式記録で確認できる中止理由

全日本吹奏楽連盟の沿革では、1943年の第4回大会について「第二次世界大戦のため」中止されたことが明記されています。

その後、全日本吹奏楽コンクールが再び開催されるのは1956年です。

戦後すぐにコンクールが再開したわけではない

第二次世界大戦の終結後も、全日本吹奏楽コンクールはすぐには再開されませんでした。

公式沿革を見ると、大会再開に先立ち、全国組織の再建が段階的に進められていたことが分かります。

1943年
第4回全日本吹奏楽コンクール中止

第二次世界大戦のため中止。公式沿革には「再開は昭和31年」と記録されています。

1945年
大日本吹奏楽連盟による記念演奏会

2月11日、日比谷公会堂で記念演奏会が開催されたことが記録されています。

1953年
全日本吹奏楽連盟の再建を決議

11月15日に全日本吹奏楽連盟の再建が決議され、堀内敬三が理事長となりました。

1954年
全日本吹奏楽連盟結成式

11月14日、東京・日本青年館で結成式が行われました。

1955年
全日本吹奏楽連盟第1回理事会

3月24日、名古屋ABC別館で第1回理事会が開かれました。

1956年
全国理事長会議を開催

3月10日、朝日新聞東京本社で全国理事長会議が開かれました。

1956年
第4回全日本吹奏楽コンクール開催

12月9日、大阪府立体育館で戦後最初の全国大会が開催されました。

再開までの詳しい理由について

公式沿革には1953年以降の連盟再建の経過が記録されていますが、戦後から1956年までコンクールが再開されなかった理由を年ごとに詳しく説明しているわけではありません。

そのため、本記事では確認できる組織再建と大会再開の経過のみを掲載しています。

1956年、第4回大会としてコンクールが再開

全日本吹奏楽コンクールは、1956年12月9日に大阪府立体育館で再開しました。

大会名は「第4回全日本吹奏楽コンクール」です。

全日本吹奏楽連盟の公式沿革では、この大会を「戦後第1回」と記録しています。

項目 1956年の第4回大会
開催日 1956年12月9日
会場 大阪府立体育館
大会 第4回全日本吹奏楽コンクール
位置づけ 戦後第1回
主催 全日本吹奏楽連盟・朝日新聞社
後援 NHK・労働省

北海道・関東・東海・関西・西部の5支部の代表が参加し、中学の部のみテープ審査で実施されたことも公式記録に残されています。

なぜ再開大会が「第4回」なのか

戦前最後の開催は1942年の第3回でした。

1943年に予定されていた第4回大会は中止となり、公式沿革では1956年の再開大会も第4回として記録されています。

つまり、戦争による中断を挟んでも大会の回数は新しく数え直されず、戦前の第3回から続く形で再開しました。

1940 第1回
1941 第2回
1942 第3回
1943 第4回 中止
1956 第4回 再開

全日本吹奏楽コンクールは何年間中断した?

開催年だけを見ると、1942年の第3回大会から1956年の第4回大会まで14年空いています。

実際に全国大会が開催されなかったのは、1943年から1955年までの13年間です。

1942 第3回大会

戦時中断前最後の全国大会。

1956 第4回大会

戦後最初の全国大会として再開。

この間にあたる1943年から1955年まで、全国大会は開催されませんでした。

戦時中断と戦後再開の記録はどこで調べられる?

戦時中断から1956年の再開までの基本情報は、全日本吹奏楽連盟の公式沿革で確認できます。

1942年の第3回大会、1943年の第4回大会中止、1953年以降の連盟再建、1956年の第4回大会開催までが年代順に記録されています。

記録の確認範囲について

本記事では、全日本吹奏楽連盟の公式沿革で確認できる事項を中心に掲載しています。

戦後から1956年まで大会が再開されなかった具体的な事情について、今回参照した公式沿革に詳細な説明がない部分は推測していません。

出典・参考資料

本記事は、全日本吹奏楽連盟の公式沿革を主な根拠として作成しました。

資料確認:2026年10月29日

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