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吹奏楽コンクール課題曲の歴史|制度の変遷を年代順に解説

吹奏楽コンクール資料室 情報確認:2026年10月29日

全日本吹奏楽コンクールの課題曲は、最初から現在と同じ仕組みだったわけではありません。

かつては部門ごとに演奏する作品が指定されていましたが、後に複数の作品から選ぶ方式へと変わりました。作曲公募や朝日作曲賞、課題曲Ⅴなども、長い歴史の中で登場した制度です。

1940年の第1回大会から2026年度まで、課題曲の選び方や作品数、制度の主な変化を年代順に紹介します。

吹奏楽コンクールの課題曲制度はいつから始まった?

全日本吹奏楽コンクールには、1940年の第1回大会から課題曲が設けられていました。

当初は部門ごとに指定された曲を演奏する方式でしたが、1974年の第22回大会から自由選択制が導入されました。その後も、公募・委嘱作品の採用や課題曲Ⅴの導入・廃止など、制度は変化しています。

目次

課題曲制度の歴史を年表で見る

全日本吹奏楽コンクール課題曲の歴史には、いくつかの大きな転換点があります。

HISTORY OF REQUIRED PIECES 1940–2026 全日本吹奏楽コンクール課題曲の歴史 部門別指定から自由選択制へ
1940年
第1回大会で課題曲を指定

行進演奏・ステージ演奏など、当時の部門に応じた課題曲が用意される。

1956年
戦後の全国大会が再開

中学校・高等学校・職場・一般と大学など、部門に応じてマーチを指定。

1964年
マーチ以外の課題曲が登場

序曲や楽章形式など、行進曲以外の作品が指定されるようになる。

1972年
課題曲の作曲公募を開始

翌1973年度用の課題曲を対象に作曲公募が始まる。楽譜の自主出版も実施。

1974年
課題曲の自由選択制を導入

第22回大会で、部門別指定に代わる自由選択方式が導入される。

1975年
課題曲の参考演奏音源を発売

演奏見本となる参考演奏のカセットテープが発売される。

1991年
朝日作曲賞受賞作品が課題曲に登場

第1回朝日作曲賞に関係する作品が課題曲に採用される。

2003年
課題曲Ⅴの時代が始まる

高度な演奏技術を必要とする作品を含む課題曲Ⅴが登場。

2020年
全国大会の中止

感染症拡大により第68回大会が中止。課題曲は翌年度へ引き継がれる。

2022年
課題曲Ⅴの最終年度

この年度を最後に課題曲Ⅴが廃止される。

2023年
4曲体制に変更

課題曲Ⅰ〜Ⅳの4作品から選ぶ方式になる。

制度は一度に現在の形になったわけではない

1974年の自由選択制にも、1975年や1977年には部門別の選択制限がありました。現在の制度を過去のすべての大会に当てはめることはできません。

1940年代|第1回大会から課題曲が存在した

1940年11月23日、大阪で第1回全日本吹奏楽コンクールが開催されました。

当時の大会では、現在の中学生・高校生・大学・職場一般という部門とは異なり、吹奏楽部や喇叭鼓楽部などの区分が設けられていました。

第1回大会では、吹奏楽部に行進曲《大日本》、喇叭鼓楽部に意想曲《野営の篝火》が課題曲として指定されています。

1940年の部門課題曲
吹奏楽部行進曲《大日本》
喇叭鼓楽部意想曲《野営の篝火》

1941年に第2回、1942年に第3回大会が開催されましたが、1943年には第二次世界大戦のため中断されます。

全国大会が再開されるのは1956年です。

1950〜1960年代|部門別指定とマーチ中心の時代

1956年の第4回全日本吹奏楽コンクールでは、部門ごとに課題曲が指定されていました。

当時の課題曲にはマーチが多く、1956〜1963年の課題曲はマーチで構成されています。

1964年には、石井歓の序曲《暁野をゆく》や兼田敏の《バンドのための楽章「若人の歌」》が課題曲に選ばれ、マーチ以外の作品が登場します。

1956〜1963年 マーチ中心

部門ごとに行進曲が指定されていた時代。

1964年以降 作品形式が多様化

序曲や吹奏楽のための楽章なども課題曲に登場。

現在のように全団体が共通の候補曲から自由に選ぶ仕組みではなく、演奏する部門によって課題曲が異なっていました。

1970年代|作曲公募と自由選択制への転換

1970年代は、課題曲制度に大きな変化があった時代です。

1972年、課題曲の作曲公募が始まる

全日本吹奏楽連盟の公式沿革には、1972年に翌1973年度用の課題曲の作曲公募が始まったことが記録されています。

また、同年には課題曲楽譜の自主出版も始まりました。

1974年、自由選択制が導入される

1974年の第22回大会では、課題曲が自由選択制となりました。

この年の課題曲はA・Bの2作品で、部門に関係なく選択できる方式が導入されました。

1973年まで 部門別指定

所属部門に応じて演奏する作品が指定される方式。

1974年 自由選択制

複数の課題曲から団体が演奏作品を選ぶ方式へ転換。

ただし、1975年や1977年には部門によって選べる曲に制限があり、完全な共通選択制が毎年一貫して続いたわけではありません。

1975年、参考演奏の販売が始まる

1975年からは、課題曲の参考演奏を収録した音源がカセットテープで発売されました。

その後、参考演奏の媒体はCDなどへ移り、現在は公式YouTubeでも課題曲の参考演奏を公開しています。

1980〜1990年代|委嘱・公募作品と朝日作曲賞

1980年代には、吹奏楽のためのオリジナル作品やマーチ、ポップス調の作品など、さまざまなスタイルの課題曲が採用されました。

1991年度の課題曲には、第1回朝日作曲賞受賞作品に由来する《吹奏楽のための「斜影の遺跡」》が登場しています。

朝日作曲賞は、吹奏楽の新しい作品を生み出すための公募制度と結びつき、以後も受賞作品が課題曲に採用される仕組みが続きました。

公募作品と委嘱作品の違い

公募作品は募集に応じて提出された作品を選考するものです。一方、委嘱作品は連盟などが作曲家に制作を依頼する作品です。

課題曲は公募作品だけで構成されるわけではなく、委嘱作品も採用されてきました。

2000〜2010年代|課題曲Ⅴと作品の多様化

2003年度には、課題曲Ⅴが登場しました。

課題曲Ⅴは、時代によって応募や選定の仕組みに違いがありますが、一般的な課題曲よりも高度な技術を要する作品が多く、演奏できる部門も限定されていました。

2009年度以降には、全日本吹奏楽連盟作曲コンクールで選ばれた作品が課題曲Ⅴとして採用されています。

年度課題曲Ⅴの例作曲者
2003年マーチ「列車で行こう」川村昌樹
2009年躍動する魂 ~吹奏楽のための江原大介
2012年香り立つ刹那長生淳
2022年憂いの記憶 ―吹奏楽のための前川保

課題曲Ⅴは2022年度を最後に廃止され、翌2023年度から課題曲は4作品となりました。

2020年代|大会中止と4曲体制への移行

2020年度の課題曲は2021年度へ引き継がれた

2020年度の第68回全日本吹奏楽コンクールは、新型コロナウイルス感染症の影響で中止されました。

このとき用意されていた課題曲5作品は、翌2021年度にそのまま引き継がれました。

2023年度から課題曲Ⅰ〜Ⅳの4作品に

2022年度を最後に課題曲Ⅴがなくなり、2023年度からはⅠ〜Ⅳの4作品が用意されています。

2026年度の課題曲も4作品で、各団体は参加資格や演奏規定に従って、その中から1曲を選択します。

2022年度 課題曲Ⅰ〜Ⅴ

5作品。課題曲Ⅴには部門による選択制限がありました。

2023〜2026年度 課題曲Ⅰ〜Ⅳ

4作品。課題曲Ⅴは設けられていません。

マーチと非マーチの課題曲はどう変わった?

戦後再開直後の課題曲はマーチで構成されていましたが、1964年からマーチ以外の作品が登場しました。

その後は、マーチだけでなく、序曲、幻想曲、変奏曲など、異なる形式の作品も課題曲として採用されています。

現在もマーチとそれ以外の作品が課題曲に含まれていますが、年度によって作品数や組み合わせは異なります。

マーチと非マーチの分類や制度については、別記事で詳しく紹介します。

課題曲の歴史はどこで調べられる?

全日本吹奏楽連盟の公式沿革では、1972年の作曲公募開始や1974年の自由選択制導入など、課題曲制度の重要な変更を確認できます。

各年度の作品名や作曲者については、吹奏楽コンクールの課題曲データベースなどが参考になります。

資料の確認範囲について

この記事では、公式沿革で確認できる制度変更を中心に、年度別課題曲資料を照合して主な転換点を紹介しています。

毎年の課題曲の全作品名・作曲者、編成上の細かな変更や審査規定の改定をすべて網羅したものではありません。

出典・参考資料

全日本吹奏楽連盟の公式沿革・課題曲資料と、各年度の作品一覧を参照しました。

資料確認:2026年10月29日

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